しからばアイヌがイナオを衣服として毎年チセイコロカムイに着せるということ、またその身体が木の棒に彫刻を加えて、人体を表わしたものであるということ、さらにそれを家の神として崇敬するということのごときは、すべてわがオシラ神において見るところと一致するものであるといってよい。この見地から、余輩はまず次にオシラ神の本体を、アイヌ族間に行われる宅神によって説明せんと欲する。 そしてそれが地方的に、時代的に、種々に転訛して行って、あるいは養蚕の神となったり、あるいは酒井宮内大輔によって説明されてみたり、イナオの代わりに布帛あるいは紙の衣を着せられたり、馬頭、姫頭、烏帽子頭等の形が出来たり、たんに一本の竹切れとなったりしたとはいえ、その本来はアイヌのチセイコロカムイと同様のものであって、もと蝦夷の国であったこの東北地方に、今もってその遺風が保存せられたものと解したい。 余輩のこの臆説がいよいよ証明せられるまでには、さらに多くの類例を求めて、その上に帰納的論究が試みられねばならぬ。そしてもし反証が提出せられて、それが不成立になるならば、潔く撤回すべきである。しかしながら余輩は今しばらくこの臆説の成立しうべき仮定のもとに、さらに考察を進めてみたい。 ネットナンパとかマジで簡単。このナンパブログを見ればわかる。出会えないとか言ってる奴は、やり方が悪いだけ。